ヒトとチンパンジーは同じ属に帰属すべきなのか

"Reasons To Believe"(信仰の根拠)が発行した"Connections" (2004年, vol.6, no.1, p.2-3)からの翻訳。

松崎英高(箱崎キリスト福音教会牧師)、ティモシー・ボイル(つくばクリスチャンセンター宣教師、物理学学士号、神学博士)共訳

【Author】Fazale R. Rana

【Title】Do Humans and Chimps Belong to the Same Genus?

【Literature】Connections, 2004, Vol. 6, No. 1, p. 2-3.

去年、チンパンジーとヒトが同じ属に所属するという強引な主張が科学的研究からなされ、大ニュースとなりました[1]。ウェイン州立大学の進化論的な生物学者であるモリス・グッドマンと彼の研究チームがヒトとチンパンジーの遺伝子を 比較した成果によって、このような興奮が巻き起こされたのです[2]。グッドマンのチームは、合計で9万個の塩基対からなる97個の遺伝子を解析し、99.4%の塩基配列が両者で一致 することを発見しました。これは、ヒトとチンパンジーの遺伝子比較研究の中でも、これまでで最も大規模なものの一つです。この類似性により、グッドマン は、遺伝学的に言えばチンパンジーはヒトであり、ヒト属に所属すると結論したのでした(訳注①)。

科学の専門家ではない読者は、99.4%の類似性を説得力のあるものと見なしますが、科学界ではグッドマンの結論は簡単には容認されるものではな いのです。遺伝子の比較は、生物を分類する唯一の基準ではありません。ヒトとチンパンジーは、解剖学的にも生理学的にも、さらに文化的にも、別の属に割 り当てるべき根拠となる明白な相違があります。

これらの有意な相違に加えて、グッドマンが行った遺伝子比較には問題が多いのです。彼が望んだこれらの結果は、彼が採用した方法よって保証されま す。グッドマンは、ヒトとチンパンジーのゲノムの中から、すでに一致していることが分かっている領域を比較したので、遺伝子の高いレベルでの類似性が得 られたのです。この方法はまた、塩基置換と呼ばれるタイプの遺伝子の差異にのみ焦点を当てるものです。より適切な方策は、ヒトとチンパンジーの全ゲノム を比較することであって、塩基置換だけでなくあらゆるタイプの遺伝子の差異を考慮するものです。

このようなゲノム全体にわたる比較はまだ不可能ですが、この問題は科学者たちによって解決されつつあります。このような試みの予備的な結果によれ ば、グッドマンの得た99.4%の類似性を示す数字にもかかわらず、ヒトとチンパンジーは実際には遺伝的にそんなに類似しているわけではないことが示唆 されたとのことです。例えば、最近のある研究では、塩基置換に加えて挿入と欠失(訳注②)と呼ばれる相違を考慮に入れて、チンパンジーのゲノムの中から 5つの領域(78万個の塩基対を含む)とヒトのゲノムの対応する領域とを比較すると、塩基配列の類似性は95%であることが判りました。[3] 別の研究では、合計で1,870,955個の塩基対を持つ、ヒトとチンパンジーのDNAの断片を並べて見ると、遺伝 子の類似性は86.7%しかないことが判りました[4]。この研究では、ヒトとチンパンジーのDNA解析に挿入と欠失も含められました。

ヒトとチンパンジー間の遺伝子上の類似、あるいは相違に関して、科学者たちはまだ明確な理解を持つに至っていません。しかし、遺伝子の比較を単一 の遺伝子からゲノムのより大きな領域まで範囲を拡大することにより、根本的な違いが浮き彫りになりつつあるのです(訳注③)。ヒトとチンパンジーは、か つて考えられたほどには、遺伝的な類似性が判明しているわけではありません。そして、グッドマンが提案した分類法は不適切な着想であるように思えます。

訳注

①現在、分類学上チンパンジーはヒト科チンパンジー亜科チンパンジー属(Family Hominidae,Genus Pan)に所属しています。ヒトの遺伝子との類似性から、このチンパンジーをヒトと同じヒト科ヒト亜科ヒト属(Family Hominidae, Genus Homo)に所属させようという試みがあります。

②遺伝子に起こる突然変異には、遺伝情報の本体であるDNA内の塩基配列のある特定の塩基が別の塩基に置き換わる‘塩基置換’のほかに、塩基が失 われる‘欠失’や塩基が挿入される‘挿入’があります。異なる生物の遺伝子の塩基配列を比較する時に、塩基置換のみをカウントする簡便な方法が採られる ことがありますが、両者の遺伝子のホモロジー(相同性)をより正確に解析するためには欠失や挿入もカウントする必要があります。

③日本の理化学研究所などによって、チンパンジーの第22番染色体の塩基配列がほぼ完全に解読されました。これに対応するヒトの第21番染色体と 比較してみると、塩基の挿入または欠失による相異点が68,000にものぼり、比較された遺伝子約200のうち、これらの遺伝子により生成されるタンパ ク質の80%で、何らかの機能的相違があることを示唆する結果が得られました。これまでチンパンジーとヒトのDNAの98~99.4%が共通であると従 来信じられていましたが、両者の相違はかつて考えられていたよりも大きいことが明らかになりつつあります。以上の研究結果は、 Nature429,382-388,2004を参照のこと。

引用文献

1 For example:

2 Derek E. Wildman et al., "Implication s of Natural Selection in Shaping 99.4% Nonsynonymous DNA Identity between Humans and Chimpanzees Enlarging Genus Homo," Proceedings of the National Academy of Sciences, USA100 (2003): 7181-88.

3 Roy J. Brutten, "Divergence between Samples of Chimpanzee and Human DNA Sequences is 5%, Counting Indels," Proceedings of the National Academy of Sciences, USA99 (2002): 13633-35.

4 Tatsuya Anzai et al., "Comparative Sequencing of Human and Chimpanzee MHC Class I Regions Unveils Insertions/Deletions As the Major Path to Genomic Divergence," Proceedings of the National Academy of Sciences, USA100 (2003): 7708-13.

Updated: 2007 年 11 月 14 日,05:37 午前

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